2011年7月13日

謝ったら裁判で負けるというのは本当か?

先日、『全開ガール』というドラマの中で弁護士役の新垣結衣が「アメリカでは謝罪すると、自分に落ち度がなくても裁判で負ける」って言ってたんですが、本当にそんなことあるのかなと思ったので、ちょっと調べてみました。

謝罪が裁判で証拠として採用されることは本当のようです。アメリカでは、過失の賠償を要求する場合、原告は(1)相手方の注意義務、(2)相手方の注意義務違反、(3)因果関係、(4)損害を全て立証する必要がありますが、被告が謝罪をしてしまうと、この(1)と(2)を原告は立証しなくていいことになり、無用なアドバンテージを与えてしまうことになる。ただ、現在アメリカの2/3の州では謝罪を裁判で証拠として採用することはできないと州法によって定められています。つまり多数派の州では、謝ったからといって、それが即不利な材料になるというわけではないのです。

今回参考にした論文記事の中でRobbennolt教授は、少なくとも民事訴訟において、謝罪が裁判の結果に与える影響を示した研究は存在しないとしています。また、この記事ではは謝罪がもたらす効用についても説明しています。加害者が謝罪することで、良好な人間関係を保つことができ、和解もしやすくなるし、全体的な訴訟の可能性は減るという研究結果が出ているそうです。ただ、弁護士には被害者、加害者とは別の利害があるので、弁護士が加害者に謝罪しないように働きかける可能性はあるという説明もなされています。

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2011年7月 9日

もし君が代訴訟がアメリカの裁判所で起こったら

先月出された君が代訴訟の結論は、アメリカの判例とはかなり違います。アメリカには、学校で国旗に対する敬礼を強制した事例があり、これは裁判で違憲だと判断されているのです。まず、1943年のバーネット判決は公立学校が生徒に対し、国旗への敬礼を強制するのは違憲であるとしました。そして、それをもとに、ルッソ判決は、公立学校が教職員に対し、国旗への敬礼を強制するのは違憲であるとしました。*1 この違いがどうして起きるのかが、今回の記事のテーマです。

法律や政府の決定が合憲か違憲かを判断するとき、そこには違憲審査基準というものが存在します。侵害された権利が重要なものならば、なるべくその権利が守られる方向に判断し(違憲)、逆に侵害された権利がそれほど重要でないなら、なるべく政府の判断を尊重する(合憲)という考え方です。たとえば、「警察官は容疑者を拷問をしてもいい」という法律と、「政府は学校の近くにパチンコ屋を開くのを制限してもいい」という法律があったとします。一方は身体の自由、もう一方は経済活動の自由を制限していて、両方ともとりあえず権利の侵害にはなりますが、拷問はよほどのことがない限り禁止した方がいいが、パチンコ屋の制限はよほどのことがない限り政府の裁量に任せた方がいいというのが、普通の考え方でしょう。

アメリカでは、重要な権利が侵害された場合、strict scrutiny(厳しい審査)が課され、よほど重要な事柄が絡んでない限り、ほとんど違憲になります。それほど重要でない権利が侵害された場合は、rational basis review(合理性に基づいた審査)が課され、政府の行為がよほど常軌を逸してない限り(合理的である限り)、ほとんど合憲になります。権利が重要か重要でないかは、これも判例で決められるのですが、たとえば経済活動の自由は、通常、重要でない権利とされます。一方、表現の自由や、人種によって差別されない権利などは、重要な権利の方に入ります。*2 

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